【読書】19世紀アメリカ文学 【最近の読書】
どうしてだか理由は忘れたが、ふと思い立って夏はアメリカの特に古い小説を読んだり文学史や歴史をおさらいしたりしていた。
外国の古い小説は元々好きだけれどあまり体系的な読書はしてこなかった。時系列に沿ってかつ時代背景に気を配りながら読むと、物語の細かい部分に多少は眼が行き届くようになる。
19世紀前半のアメリカ
20世紀より前のアメリカ小説で一番面白いのはやはり19世紀前半~南北戦争前後にかけてのアメリカン・ルネサンスの時代。この時期からエマソン、ソロー、ホイットマン、ディキンソン、ポー、ホーソーン、メルヴィルといったアメリカ古典の重要作家が次々と登場し、アメリカ文学が花開くことになる。
それまでもW・アーヴィングなどの作家は出てきているが、影響元のヨーロッパ、特にルーツであるイギリスの影響を脱してアメリカ独自の芸術性を開花させたのはやはり1830年代頃からと言われている。
それ以前となると今では『コモン・センス』で知られるトマス・ペインや、独立に貢献したベンジャミン・フラクリンのような、政治的文章や教訓的な自伝的文章が残っているくらい。
アメリカン・ルネサンスの時代は前世紀末にアメリカが国家として独立を果たし、産業革命によって特に大西洋岸では一気に発展が進んでいく時代だった。そして40年代前後から西漸運動が始まり、領土的にも拡張していく。
どこの国でもその傾向があるが、経済的発展と芸術的発展は比例する。明日食べるものにも困るような状態では呑気に創作活動なんてできないということだ。
アメリカン・ルネサンスの作家たち
この発展の時代の文学をまず牽引したのがラルフ・ウォルド・エマソンで、その前期思想の中核である『超絶主義(transcendentalism)』は多くの作家の支えになった。
その思想はありていにいえば「神ではなく人間自身に価値を置く」ことで、それまで支配的だった原罪的キリスト教信仰に反発した。その根底には独立という過去との決別に端を発する成長と発展、拡大を続けていくアメリカの姿があるだろう。人間に無限の可能性を見出し、まるで日本の高度経済成長期のような夢を見たのかもしれない。
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そしてアメリカン・ルネサンスの文学は多かれ少なかれこのエマソンの思想に対するアンサーだった。
たとえばソローは超絶主義に共鳴しつつ世界(自然)の中での自分を追及するように森の中で生活をし、それを『ウォールデン(Walden)』にまとめた。
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エマソンの思想をより実践的に行動に移し、自然の野生(wilderness)との一体感に価値を見出している。そこには社会の発展につれて失われ、忘れられていくものへの郷愁や喪失感も表れているかもしれない。
ホイットマンはよりストレートに人間の可能性を詩に謳った。
既存の詩形を崩しに崩し自分と人間を徹底的に肯定し可能性を謳う初期の楽観には、やはり発展の時代と連動する当時の雰囲気が垣間見られるだろう。
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ポーとホーソーンという時代を代表する二人の作家からは、エマソンに対してそれぞれのある種屈折した反応が窺える。
探偵小説、SFなどの様々なジャンルの先駆であったポーは、世界は割り切れない不気味なもの──たとえば恐怖のようなものが広がっていると考えていた。
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今回読み返した中で例えば『告げ口心臓(The tell-tale Heart)』には殺人を犯し、その隠蔽に成功したかに見えた主人公が、鳴り止まない心臓の音に耐えきれず自分から罪を告白する。論理的な理由は明かされず、ただ人を脅かす恐怖がそこにあるだけだ。
そして『赤死病の仮面(The Masque of the Red Death)』では病から逃れて城内に引きこもった人々を、しかし仮面を被って入りこんできた赤死病が襲う。それは同時に人が死から逃れられないことを示唆する。
『緋文字(The Scarlet Letter)』で知られるホーソーンは、短編『ウェイクフィールド(Wakefield)』でこれまで生きてきた世間から身を隠し、ひたすら妻を観察し続ける奇妙な男を描いている。
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それは発展する社会の中で孤独を抱える人間の姿であり、その疎外を経て尚も当たり前に続いていく世界の姿でもある。ホーソーンは主人公をただの観察者とすることで、この世界の本質的な不気味さを外側から描いているように思える。
ポーとホーソーンは初期エマソンの思想の裏側にある世界の暗い側面を合わせ鏡のようにして描き出した。やがて南北戦争を経てホイットマンやそしてエマソン自身も初期の楽観を失い、あるいは変容させていくことになる。
そしてアメリカン・ルネサンスの総決算ともいえるのがメルヴィルで、特に中期以降の作品には発展の時代の行き着いた先が読み取れる。
『バートルビー』は語り手の会社(法律事務所)に雇われながら仕事はおろか一切合財について何もしないという変わった男を描いている。
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語り手にとって働くこと、生きるために食べることなどは当たり前のことだ。しかしバートルビーはそれに対して頑なに否をつきつける。それも積極的抗議でなく、ただ何もしないという消極によって。
これまで当然と思ってきた社会規範やこの世の在り方に対し、この不気味な男の侵入によって語り手、そして読者は考えざるを得ない。何故世の中は今この姿で存在し、自分はなぜそれに従って生きているのかと。
最後にこれまでの誰とも異なる生き方をしたディキンソン。
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当時の女性としては恵まれた教育環境にあったにもかかわらず、彼女は信仰に対する疑義や(おそらくは)恋愛関係の破綻を通じた孤独によって家に引きこもり、作品を発表することもなく生涯を終えた。
ホイットマンのように雄弁でなく、かといってポーのように理性に偏りもしない。小さな部屋から見える風景や頭の中に湧きあがる妄想、そして過去の記憶や目に見えない神の姿を、彼女は丹念にそして時にユーモラスに描き出す。
メルヴィルのように激しく戦い敗れ去ることもなく、その詩は世界に生きる個人の姿を軽やかに謳っている。自嘲的な響きさえ感じられるその姿は、あるいは恐怖と疎外の蔓延する社会で生きるための、孤独な個人にできるもっとも正しい形の戦いであったようにも思える。
以上ここ二月ほどの読書をざっとおさらい。
次は南北戦争後~ロストジェネレーション前夜くらいまでを読んでいこうと思う。その前に三島由紀夫を齧っておくことになりそう。
参考書。酒本雅之の著書は古いが、この時代の作家を俯瞰するにちょうど良い好著。
アメリカ・ルネッサンスの作家たち (1974年) (岩波新書)
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